終戦25分前 『第16次限定戦、終戦まであと30分。繰り返す。第16次限定戦、終戦まであと30分』  無機質な声が、瓦礫ばかりが並び硝煙と土埃が舞うその場所に木霊する。  正午まであと25分。これを過ぎれば、J国とK国が担当する限定戦――義務戦争は終わる。  俺は、腰掛けて瓦礫に体を預け、空を見上げた。  恒久的な平和が約束されてから、数世紀が過ぎた。戦争はなく、貧富の差もなくなり、誰もが一定の生活を享受できる時代。だが、結局人間は戦争というものから離れられなかった。科学技術の成長の停滞、経済効果……毒だが、ついて回る薬の部分も重要なのだ。 「地球ではなく、火星を戦争用惑星にして、兵器の実験場にしまうという手段は間違ってはいないが……何も人間に戦争をやらせる必要はないんだよな。そんなのはAIのせたロボットにでもやらせればいいんだ」  などと口からこぼれる本音。  だがそれも、30分過ぎれば終わることになる。 「文句はいうもんじゃないわね。この戦争は、科学技術を発展させるための実験場なんだから」  寄りかかっていた瓦礫の裏から女性の声が聞こえた。  電子戦の現地兵員として参加しているヤツらしいが、詳しいことは知らない。  なにしろ、つい二時間前に知り合ったばかりなのだ。  お互い、自分が所属する部隊が全滅して一人だけ生き残ったから、こうして宿営地の本隊がだす指令通りに、指定された場所で待っているだけなのだ。 「それはそうだが……」  かたかたかた、と、なにかを叩く音が聞こえてくる。 「それに、この戦争は実験場。人間がそれに参加することは稀なのよ」 「まったくだ。どうして俺がこうやって戦わされているのかまったく判らん」 「あなたがどうして戦ってるのか。それは簡単よ。あなたがAIで、アンドロイドだからよ。あなたは、感情と意思を持ってしまった――AE(人工実存)にまで成長してしまったAI。M0791型よ」  この女、何を言ってるんだ? M0791って誰なんだ?  俺のどこがAEなんだ? まったく、俺が人間だということを証明しなきゃならない羽目になるとは、思っても見なかった。 「ちょっと待て、俺にはちゃんと名前もある。認識票だってほら……」  俺は襟元からネックレス代わりの認識票を出した。そこには、自分の名前と生年月日、血液型がかかれているはずだ。 「ええ、確かにあなたは認識票を持っている。M0791。それがあなたのナンバーであり、あなたがAIであることの証。認識票にはそれしか書かれていない」  俺はそれを否定しようと、認識票を見る。が、近くに光学ステルス処理が施された無音ミサイルが着弾したようで、爆音と地鳴りが響き、チェーンの先についている認識票が踊り、手に取れないせいで見ることが出来ない。 「確かに、あなたのように、AIがAEにまで成長してしまうことは稀よ。それに、貴重だわ」 「待て、それならどうして俺を消すんだ。それは理に適ってないぞ! それに俺は人間だ!」  あいつは、俺の言葉を無視して、淡々と説明を続ける 「学術的には貴重だけど、あなたのような存在は、もう十分にサンプルを取り終えてるの。それに、人間にとってあなたのような自然発生したAEは危険だわ。残念だけど、消えて頂戴」 「待て、待ってくれ。せめて俺の名前だけでも聞いてくれ!」 「判ってるわ、M0791。あなたに名前はない」 「付けたんだ! 自分で名前を。それだけでも、頼むからそれだけでも」 「さようなら」  名前は……名前……名…… 『第16次限定戦、終戦まであと25分。繰り返す。第16次限定戦、終戦まであと25分』  無感情な声が、辺りに響いた。それを聞いている人間は、一人もいない。